活動記録: 2007年1月アーカイブ
地元の谷山各地で毎朝、緑色の「変える・応える」というのぼりを持って
ご挨拶させて頂いております。
地元の人の流れもよくわかりますし、挨拶させて頂くたびに、朝から元気が出て清々しい気持ちになれます。初日の最初15分ほどは気恥ずかしさもありなかなか声が出なかったのですが、最近は以前に比べ断然声が出るようになりました。
明日から週末ですが、地元の皆さんに少しでも多く挨拶させて頂きたいので、週末も関係なく毎日立たせて頂いております。
明日朝国道225号線を通る方がいらっしゃいましたら、谷山支所前でお会いできることを楽しみにしております。
追伸
今日ご挨拶させて頂いていたところ、谷山支所近くの交番前で何台か、警察官の方に車が止められていました。携帯電話かシートベルトだったのでしょうか・・・・(朝の谷山の225号線で速度違反はありえないですしね・・・)
昨日は県庁内記者クラブで、記者会見を行いました。
記者クラブは、思っていたより大きく、記者さんの数も多く非常に緊張しました。
何せ、15人もの記者さんが一斉にこちらを注視する中話すので、就職の面接など比べ物にならないぐらい緊張しました。
そんな中、日程を調整してくださった幹事社の記者さんはじめ、記者さん方には非常に親身に接していただき、大変感謝しております。
内容は、立候補動機・抱負、質疑応答で、会見自体は10分ほどで終了しました。
その後各社さんそれぞれの写真撮影があったのですが、
10人以上の人に次々撮影されるのは、表情作りに一苦労しますね。
街中で「写真お願いします」と言われる芸能人の方の苦労が少しわかった気がします。
最後に、「候補予定者調査票」を5社さんから頂いてきました。
今週中に返送致しますので、少々お待ちを。
いくつかの報道機関から「選挙立候補予定者経歴書」なるものの記入を依頼されていたので、
記入してみました。ちなみに、基本的には履歴書のようなものです。
「選挙立候補予定者経歴書」というだけあって、普通の履歴書に加え、政党に関する欄がいくつもあります。
・「選管に届け出る党派」→『無所属』、
・「推薦を受ける政党」→『なし』、
・「支持を受ける政党」→『なし』、
・「主な支援団体」→『なし』、
・「政治歴ある親族」→『なし』・・・・・
ないない尽くしで記入は非常に楽でいいのですが、少しむなしくなってくる様な気が・・・・
その他色々特徴がありましたが、全て従来の「普通の候補者」の特徴が透けて見えて面白かったです。
・政党関係の記述欄、「政治歴ある親族」→ 通常、全く関係の無い人間が出ることは少ない?
・「現在の主な役職」に、記入欄が5個以上もある → 通常、たくさん役職持ってるお偉いさんが出る
(・・・『大学院生』しか書くことがありませんでした・・・)
・「過去の経歴」に記入欄が10個もある → 通常、一定以上の年齢の人が出る
(・・・『コンサルティング会社勤務』しか書くことがありませんでした・・・)
記入している内に自分の外れっぷりが良くわかるものなのですが、
これからはもっと若い世代が直接声を伝えていかなければ、と強く感じました。
(例えば、鹿児島市の有権者の1/6は20代なのです。30代まで加えると1/3ですが、現在の鹿児島市選出の県議は20代ゼロ、30代一人のみです)
既に1月16日付南日本新聞五面に掲載されましたが、
昨日1月15日に南日本新聞の取材を受けました。
記者さんは(おそらく)同年代の若い女性の方で、
私としては同年代ということで、「我々若い世代が変えなければ!」という思い・志を存分にお話することができたと思っています。
また続いて、南日本放送の取材も受けました。TVカメラはなかったので、
おそらく県議選報道の下準備として、候補予定者の取材をしている、ということではないかと思います。
ところで、二人の記者さんとお会いしたのですが、以下2つ共通する質問が印象に残っているので、紹介します。
1.「本当に無所属?」
新聞報道の通り、私は正真正銘の無所属です。支持母体も、組織も何もありません。おそらく、普通はそういう「正真正銘の無所属」は出ないのでしょう。また、今回鹿児島市区で無所属で出られる方は何人かいらっしゃいますが、支持母体(労働組合)が付いている事から、「無所属とはいえどこかついているのでは?」となったのではないかと思います。
思うに、特定の組織に属している人は全体のうち僅かであり、そこで決まってしまうのはおかしいと思います。今までの「県政報告会」や後援会などは、それら一部の人のみを対象にしていたのではないでしょうか。
私は大多数の「声なき声」に応えるべく、一般の人々に草の根で、訴えさせて頂きたいと思っています。
2.「思い切りましたね・・・」
26歳・無所属。金なし、コネなし、組織なし。しかしながら、今鹿児島を変えなければいけません。確かに私としても一大決心でしたが、躊躇はありませんでした。
ちなみに、記者さんにも申し上げましたが、私はすべてオープンにした戦いを行います。
それが、若者の政治不信・諦めを取り払う第一歩だと思うからです。
「怪しい、よく見えない・わからない」から、「同じ世代も挑む、わかりやすい」へ。
旧来のいろいろな「常識」に挑戦し、頑張ってまいりますので、ご支援のほど宜しくお願いいたします。
「しもづる隆央後援会事務所」を、国道225号線(谷山街道)沿い、谷山駅前に開設致しました。
本日事務所開きを行い、お蔭様で立錐の余地が無いほど多くの方にお越し頂き、盛大に執り行うことができました。まことに、ありがとうございます。
思えば、「今、鹿児島を変えなければいけない」との思い一つをカバンに詰め込み、12月中旬に帰郷して以来、印刷物の手配、看板の手配、事務所の手配などバタバタしながら、漸くこの日を迎えることができました。
その過程では、本当に多くの方のご好意、ご厚情を頂き、本日の事務所開きとなりました。「金なし」「コネなし」「組織なし」の26歳・無所属の人間に暖かく接していただき、非常に感激しております。
とにもかくにも、ここからがスタート。
鹿児島の未来を切り開くため、若い力で全力疾走してまいります。
また普段わかりにくい、見えない選挙・政治活動の舞台裏も、余すことなくこちらで公開していきたいと思っています。
政治は一部の「プロ」のものではなく、県民の皆さん一人一人のものだと思います。だからこそ、身近なものとするため、そしてクリーンな戦いを行うため、包み隠さずお知らせしていきます。
もし宜しければ、ぜひこの「四畳半ぶろぐ」、見てやってください!
地元に帰ってきて、早速朝の辻立ちをやっております。
朝、交差点に立たせて頂き、皆様に挨拶させて頂いていると、地元・谷山に帰ってきた実感が湧いてくるとともに、地元のために貢献したい気持ちが改めて強くなる、非常に自分にとってためになる朝のひと時です。
今日いつもと同じく挨拶させて頂いていたところ、自転車で通りがかった方に話しかけて頂きました。
「ここの歩道は、私有地の階段と電柱の間が狭く、自転車がすれ違えずに危険である。国土交通省の出先や議員の方々に働きかけたが、変わらなかった」とのこと。
確かにその場所はその方が仰るとおりの状況です。
【めざす議員のすがた】
実現できるに越したことはありませんが、無論、予算に限りがある以上全て実現できるわけではありません。
しかし、重要なのはできない場合にも、「なぜ実現できないか」を、相談して下さった方に迅速・的確に報告することではないでしょうか?
私が議員として仕事をさせて頂くことになった暁には、相談に対する報告をきちんと行うためのフォーマットを整え、標準処理日数も決めておきます。(例:1日以内に処理方針決定、3日以内に中間または最終報告、当面不可能な場合でも、1月ごとに経過報告を行う、など)
この様にして教えていただいたおかげで、地元の抱える問題を一つ一つ知ることができ、大変感謝しております。
今後とも、ぜひご指導の程宜しくお願い申し上げます。
年末年始は鹿児島への転居、県議会議員選挙に向けた準備など慌しく、更新が滞ってしまい申し訳ございません。
他候補の方々と比べて時間も、お金も、組織も全くありませんが、鹿児島の未来を切り開くため、着々と準備を進めております。
年末から年始にかけて、
・父(自動車整備工場を一人でやっております)や叔父さんの知り合いの方へのご挨拶
・除夜の鐘や墓参りなど、多くの方が集まる場所でのご挨拶
・小学校、中学校、高校、大学(寮)の同窓会
・印刷物、看板、後援会事務所などの手配
などを行ってきました。
多くの方にお会いしましたが、多くの方が「鹿児島はこのままではいけない」という熱い気持ちをお持ちでした。
私は皆さんの熱い気持ちに、政策立案、条例作成といった「プロの仕事」で応える「プロの議員」として、
皆さんに、そして鹿児島に貢献していきたいと考えています。
朝の辻立ちや、谷山を中心に訴えをさせて頂いたりして参りますので、いろいろご迷惑をおかけいたしますが、
何卒ご理解賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
