2007年2月アーカイブ

私、しもづる隆央は、和田のアパートに両親と暮らしております。
なにぶん借家なもので、自宅に自分の看板が置けない候補(予定者)です。


それは置いとくとしまして、近所の伊佐智佐神社には良く出かけます。
ここからの桜島・錦江湾の眺めは絶景です。お近くの方は是非。

ところで、ここにはもう一つ見どころがあるのです。
それは、「玉林城跡」の石碑です。
「伊佐智佐神社」の案内板の左奥、金網ぎりぎりにポツンと佇むこの小さな石碑、裏を見ると
「昭和四十二年三月 谷山市」と記されています。
谷山市は昭和42年4月29日に鹿児島市と合併し消滅しますので、無くなる直前の、まさに貴重な一品です。

小学生のころからこの石碑を見るたびに、古くから続く地元・谷山への愛着を新たにするいいシンボルです。お近くにお立ち寄りの際はぜひ見てみてくださいね。

一昨日夜、某社の記者さんから一本の電話がかかってきました。
「明日の後援会広報車の行動予定はどうなっていますか?」

事情を聞くと、翌日に鹿児島地裁で例の県議選買収事件の判決が出るということで生中継を入れるので、昼ごろに周辺を回す予定があるなら、相談したいとのことでした。
つまり、生中継に特定陣営の広報が入るとマズいので、考慮しよう、ということなのでしょう。
この時点で21時。記者の方も大変です・・・・頭が下がりますね。

ちなみに私は普段谷山を中心に活動していますので、大丈夫である旨お伝えしました。
・・・普通の陣営は広報担当者がやることなんですが、しもづる陣営は私に直通になっております。「一番近い候補(予定者)」の実践になっているでしょうか??

私、しもづる隆央は「金なし」「コネなし」「組織なし」で挑戦しています。すなわち、金を出してくれるバックもなければ、人を出してくれる組織も無い状態です。

但し、私はなるべく金をかけない政治活動を目指しています。
それは、最近では福島、和歌山、宮崎と相次いだ知事の汚職事件に見られるとおり、政治活動に金をかけ、業者などに「借り」を作った場合には、その見返りを談合など税金を使って行うことになるからです。
きれいな政治は、きれいな活動から!

そんな中、ボランティアの方々の多大なるご支援を頂き、非常に感激しています。
当初、事務作業も自分一人でこなさざるを得ない状況でした。
それが最近では外回り、顔と名前を売ることに没頭できる状況が揃い、大変感謝しております。

先日も外回りを終えて事務所に帰ってきたところ、事務作業も完了し、きれいに整頓された事務所を見て、涙が出ました。
下鶴を応援しても、その方に特別な見返りはありませんし、出すような政治は絶対にしません。
皆様の「鹿児島を変えなければならない」という熱い志と、その方々との間にある親・親戚や友人が今まで積み上げてきた信頼に感謝しながら、鹿児島の未来を切り開くため、明日も走り回ろうと思います。

2007/2/16 南日本新聞記事
「鹿児島オンブズマン(続博治代表)は15日、4月に行われる県議会議員選挙の立候補表明者に対して行った政務調査費に関するアンケート調査結果を発表した。」

各候補予定者の回答が詳細に発表されています。
さて、私しもづる隆央の欄が空白になっていますが、
決して「回答しなかった」わけではありません。
(ご指摘頂いた方、ありがとうございました)

というのも、「1/15時点で正式発表していた候補予定者に送付した」とのことなので、そもそも私、下鶴隆央にはアンケートが送ってきてもいなかったのです。記事によれば今後お送り頂けるとのことですので、早急に返送致します。


ちなみに、私のスタンスとしては、
「領収書添付義務化、情報公開は当然。条例改正案もすぐに提案します。」
そもそも、政務調査費の制度趣旨のとおり使っていたら、何も躊躇することはないはずです。
なお、条例改正案については起草済みで、県庁での立候補記者会見の際に
条例改正案を提示させて頂きました。改革へのやる気、120%です!


※昨年夏から鹿児島で政策の勉強会を開催していましたが、
その中で私は政務調査費問題を取り上げて、問題点・あるべき姿を検討、議論していました。
冬の始めごろに政務調査費問題が話題になり始め、勉強会に参加頂いた方々から「ニュースより早かったね」と言って頂いたのが非常に励みになったことを思い出します。


【補足】
アンケートの最後に、「回答と会派決定が相違した場合の対応」という項目があります。
政党所属の場合はありえる話ですが、無所属の場合に「わからない」とか「会派に従う」というのはあり得ないと思います。
無所属として有権者の方の審判を仰ぐのですから・・・・

先週あたりから各陣営とも、広報車の活動が積極化してきました。
遅ればせながらしもづる後援会も、ようやく広報車が完成し、動き出しました。
皆様のお住まいの町にお邪魔した際は、ぜひお聞き頂ければ幸いです。

さてさてこの広報車、基本はテープを流すものなのですが、某陣営では、
「車の中にマイクを吊り下げ、運転手の方がひたすらしゃべり続けながら運転」という凄い光景を目にしました。

ちなみにこの「マイクでしゃべる」というのは、非常に難しいんです。
というのは、しゃべるだけが仕事ではないからです。
私も数回経験したことがありますが、決められたことを忘れずにしゃべりながら、周囲の車へお礼の挨拶、手を振って下さった方を見逃さずお礼の挨拶、病院・学校・葬祭場が近くなるとボリュームを落とす 等等、やること盛りだくさん!
しかも普段そんなにしゃべり慣れてないことで、すぐに喉がかれるのです。

というわけで、プロのウグイスさんは給料がなかなか高いようです。
しかしながらしもづる陣営は何よりダントツにお金がないので、ボランティアで賄います!さてさて・・・どなたにお願いしましょうか・・・・
全てが並行作業で手当てに追われております。

こういう活動をしておりますと、様々な会合・宴会に出席することが多くなります。(たいていは押しかけ、時折招待)

で、そういう場には大抵、現職の政治家の方がおられるものです。
(現職だとおそらく招待されるのでしょう。会合にも箔がつきますし、議員さんにとってはいい顔を売る機会になりますし。)

例えば、衆院議員、参院議員、県議会議員、市議会議員の方々が複数いらっしゃるわけです。
で、挨拶をされるわけですが、これが非常にうまいのです。
一番うまいのは、「間の取り方」です。私なんかは緊張のあまりひたすら喋ってしまうのですが、某先生の挨拶を聞いて、非常に勉強になりました。

ちなみにこういう宴会では会費もそれなりですが、相応の料理が出ます。
しかし!食べている場合ではないんですね。
貧乏性なもので最初の1,2回はひたすら食べていたのですが、諸先生方の行動を見て改めました。
すなわち、すぐに酒片手に席を立ち、お酌をして名刺交換・挨拶に回るのです。何とか慣れるよう努力しているところですので、もし宴席でご一緒させていただく方には、もうしばらく御寛容いただけますようお願い申し上げます。

・・・それでも料理がもったいない気はするんですが・・・・

「事件は会議室で起こっているんじゃない。現場で起こっているんだ」
ドラマ・映画『踊る大捜査線』の名ゼリフは、正鵠を射ているということを、
日々の挨拶回りで実感しています。

先日ある山間部の集落へ行った際、
「敬老パスをもらっても、この辺はバスが走らないし、送り返すだけ手間だ。」というお話を伺いました。
その集落は最寄駅からは徒歩30分以上。最寄のバス停からも同じくらいかかるところです。
加えて、お年寄りの一人暮らしが多く、頼みのスーパーも農協の出張所が廃止されてから和田のサンキューあたりまで行かないとないとの事。
普段バスが普通に通るところに住んでいてはなかなかわからない現場の悩みの声は、非常に大切な勉強になりました。

■バス版「ハブ&スポーク」は如何?
現在航空路線では路線を細分化し、拠点空港経由とする「ハブ&スポーク」構想があり、私は(利便性は多少落ちますが)地方の足を守る手段だと考えています。

バス版「ハブ&スポーク」では、
たとえば「天文館→谷山電停→慈眼寺→西谷山地域の各集落」に50人乗りバスを運行したら明らかに採算に合わない(=バスが運行されない)ところを、
①天文館→谷山電停(→動物園)の、谷山方面幹線 : 大型バスで運行
②谷山電停→慈眼寺 : 中小型バスで運行(または、慈眼寺団地行きの普通のバスで運行)
③慈眼寺駅→西谷山地域の各集落 : 小型バスないしは10人以下のワゴン車
に分割し、採算上のロスである「空気を載せて運ぶ」状態(特に③)を極力少なくしようとするものです。

分割することで乗り継ぎの手間は増えます。しかしながら、
a)ICカードの導入で、乗り継ぎの際も通しの運賃計算ができるようになっている
b)乗り継ぎ地点を商店街などにすれば、活性化も期待できる
(その際は、宇宿でやっている「まちの駅」の様な待合所があるといいのですが)
といった事情の変更、メリットがあると思います。

・・・とはいえ思いつきのアイディアベースゆえ、もっと現場の声を勉強し、ブラッシュアップできるよう精進します。

今日は喜入方面にあいさつ回りに行ってきました。
喜入は今回鹿児島市との合併で鹿児島市・郡区に編入されるのですが、
他の編入地域(桜島、郡山、松元、吉田)と異なり、その地域から出る人がいないことから、
各陣営とも積極的に食い込もうとしている様が、幟や看板などからよく見て取れました。頑張らねば、という気持ちを新たにしました。

向かう途中平川のそば屋さんで昼食を食べたのですが、食べ終わって車に乗り込む際、「下鶴さんですか?」と声を掛けていただきました。
初めてお会いする若い女性の方でしたが、私の後援会案内をご覧頂いたそうで、「頑張ってください」と暖かい励ましを頂きました。
幼い子どもさんを抱いていらしたので、お子さんに「君たちが大人になるときのために、一生懸命頑張るよ!」と声を掛けて握手してきました。

このように小さい子どもさんたちを見るたびに、私は「未来への責任」を肝に銘じています。彼らが大人になる15年後、20年後に、誇れる議員、世代であること。
未来へとツケを回す負の連鎖をここで断ち切り、未来の笑顔を作るため、より一層頑張らねば、と新しい一週間の元気を頂きました。どうもありがとうございます!

今週、KTSとMBCで相次いで私の映像が放映されました。
KTSの方は朝の辻立ち@谷山電停が放送されたもので、顔などは映さず一見誰だかわからないような映し方だったようですが、
結構長い時間放映されたようで、だいぶ反響がありました。

ちなみにこの取材、KTSの方からは取材の前に予め「顔は出さず、誰だかわからないような映像になりますが、いいですか?」という打診を受けていました。
私はもちろんOKです、と答えました。というのも、通常選挙前の取材はそういうものだからです。
新聞を見ても、うまく足元だけ映したり、候補のたすきにモザイク入れたり、公正な報道に努める姿勢は凄いと思います。

そして2/1には、夕方のMBCニュースの「鹿児島県議会議員選挙・鹿児島市郡区候補予定者紹介」で、県庁記者クラブで行った記者会見の映像が出ました。

・・・実は、その時の映像がこうなるとは思っておらず、非常に油断がありましたね。
放送を見ましたが、まずもって表情が硬いですし、カメラ位置を考えていない目線。今後に向けて非常にいい反省材料になりました。

というわけで、もっと笑顔を見せていけるよう頑張ります!

【鹿児島県外でご覧の方へ】
※谷山とは:鹿児島市南部で、元は別の自治体(谷山町→谷山市。昭和42年鹿児島市と合併)。
地名は南北朝時代の豪族、谷山氏にちなむ(たぶん)。本拠の谷山城跡は子どものころよく行きました。眺めはいいのですが、うっそうとし過ぎて昼間でも入るのが少し怖いくらいのところです。

私、下鶴隆央自身谷山生まれの谷山育ちで、非常に愛着があります。
近年は郊外に大型店の立地が相次ぎ、中心部(国道225号線沿い)の商店街の衰退が懸念されている。

■谷山の中心であいさつを叫ぶ
先日朝のご挨拶をさせて頂いていた所、「何でここに立っているの?」という疑問の声を頂きました。確かに、車の通行量としては郊外の産業道路等の方が多いかもしれません。件のご質問はおそらくそういう趣旨だと思います。
私としては、「谷山の真ん中を元気にしたい」その思いで、225号線沿いに立っております。
既に子どものころから兆候がありましたが、今やシャッター通りとなっており、谷山で生まれ育った人間としては寂しい限りです。
何とか谷山の真ん中を元気にしたい、その第一歩として、谷山の中心で挨拶を叫ばせて頂いております。

やっぱり「高齢者に優しく」「若者が楽しめる」商店街の実現へ向けて、がんばって行きたいですね。

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