高所恐怖所な和田名の私
先週末は鹿児島に帰り、久しぶりに子どものころ遊びまわったあたりを歩いてみました。
和田や慈眼寺の辺りは、15年ほど前に区画整理があってからはあまり変わっていない感じでした。
家々も、公園も、自分の記憶に残っている姿のままで、懐かしくもあり、嬉しかったです。
その中で気づいたことをいくつか。
1. 危険?遊具の撤去
思い起こせば、私たちの小さいころは、地上5メートルに網を張ったアスレチック(和田小)などの遊具が
色々なところにあったように思うのですが、軒並み撤去されていました。
確かに、設置者(例:鹿児島市)からすると、怪我して損害賠償請求されるリスクは減らしたいところでしょう。
私自身は重度の高所恐怖症で、小学校のときのアスレチックもただ一人泣きながら渡っていた位で、
(そう言えば地上1.5mのうんていの上歩くだけでも喚いていた記憶が・・・「やっせんぼ」なのですね。)
当時の私なら非常に喜ばしいニュースなのですが、子どもたちの遊び場や発育の観点からは、残念な気もします。
2. 225号線沿いのシャッター通り
昔からその傾向はありましたが、松崎~谷山駅間は拍車が掛かっている気がしました。
鹿児島でも郊外型店舗が元気ですが、今後の高齢化社会の進展を考えると、「近くで買い物できる仕組み」は必要だと思います。
例えば、マンションの上層階は老人介護サービスも提供される居住用マンション、低層階ならびに周辺には商店が何軒か集積、
といった仕組みはどうだろう?と考えているところです。
#ちなみに、郡元の九州電力跡に、九州電力の関連会社が老人介護サービス付マンションを作っていますが、
以前チラシを見たら、その値段にびっくりしました。普通の会社員を退職した人でもサービスを受けられる
価格帯で提供できればいいのですが・・・・
ちなみに、私の周りには一人だけ、私を上回る高所恐怖症の友人がいます。
この前県庁に行ったときも、吹き抜けのエレベーターを避けていました。
なお、彼は鹿児島中央駅の観覧車の、下が透明なゴンドラに無理やり乗せられたとのこと。
・・・みんな考えることは一緒なのですね。東京に来たら汐留のエレベーターにご招待しましょう。
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