Graspp:少子化対策と産まない自由
今日はニート問題の提起で有名な、玄田有史先生の「労働政策」という講義で考えたことを、自分が今後鹿児島県で必要な政策を考える手がかりとして、少し整理しておきたいと思います。
(1) 少子化は「問題」か? → 問題である。
少子化対策の必要性が声高に叫ばれている中、そもそも問題なのかという問いを改めてすることは、冷静な議論をするうえで非常に有益であると思います。
確かに、人口が減っても一人当たりで見た際の経済成長を達成すれば構わない、という意見にも同意できるところはあります。
しかしながら私は、少子化対策は必要であると考えます。
理由は、社会保障(年金・医療保険)の維持です。社会保障制度が現役世代の稼ぎで老人世代を支える構造である以上、現役と老人の人口バランスの激変は、どちらかの世代に無理を強要し、制度の崩壊を招きます。
(2) 国がやるべきか、企業の自主性に任せるべきか? → 国がやるべき
少子化対策のひとつに、産休・育休が取り易く、女性が復帰後もキャリアを積み重ねていけるといった、
「産み・育てやすい職場環境づくり」があります。
中には「少子化対策の充実は企業のイメージを向上させるので、企業も取り組む」
「従って企業の自主性に任せ、個別の労使協定で定めればよい」という意見もあるようですが、私はこの見方には非常に懐疑的です。
なぜなら、企業イメージ向上による自主的取り組みは、一般消費者相手の商売(BtoC)の場合は有効に機能するかもしれませんが、企業相手の商売(BtoB)の場合はあまり期待できないからです。
(3) 子どもを持たない人に負担をお願いすることになるが、いいのか? → 負担して頂く他ない
少子化対策として財政的援助を行う際は税金を、企業が育児休業等を導入する際は仕事量の増加として、子どもを持たない人にも負担をお願いすることとなります。
中には「自分は老後資金を自分で貯蓄するから、少子化解消の利益を受けない。負担はいやだ」という意見が出るかもしれません。しかしながら私はそれでも負担をお願いするほかないと思います。
なぜなら、上記主張をする人も、貯蓄できないリスクがあるからです。その場合老後資金は年金か生活保護となりますが、いずれもお金の出所は現役世代=当時の子どもたちの稼ぎです。
(4) 産まない自由はないのか? → もちろんある。産まない選択が責められることがあってはならない。
少子化対策を議論する際気をつけなくてはならないのは、
「子どもを産むことは絶対いいことだ」「子どもを産まないことは絶対悪いことだ」という論調に走らないこと、
または産まない選択をする方々にそういう印象を与えないようにすることだと思います。あくまでそれは個人の自由な選択なわけですから。
・・・こんなことを26歳、独身・もちろん子なし の人間が書いたら自己弁護に映ってしまうかもしれませんが・・・
それを抜きにしても、圧迫印象を与えることは政策を実行しようとする場合にはあまり賢明ではないと思います。
ところで、少子化対策を考える際はやはり「なぜ産まないという選択をするか」を考える必要があると思います。
この点行政の施策は「三人目産んだら100万円」とか、一時金を支給するものに偏っていると思うのですが、
個人的な印象としてはお金じゃないと思うのです。
何せ子どもを産んでから大学出すまでの総費用は2000万円を超えるという試算があるように、
割に合うか合わないかといえば明らかに割に合わないでしょう。
それは幼児医療体制かもしれませんし、公教育への不信、相談機関不在による子育てへの不安かも知れません。
折に触れて、このBlogでも必要な政策を考えていきたいと思います。
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